« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006年7月31日 (月)

外科ICU

Icu 昨日の深夜までのシフトを終えて朝5時半からICUの生活が始まりました。ここは胸部外科・血管外科ICUで主に手術後の患者さんを担当することになります。

日本でのいろいろな経験とこちらでの経験を比べられるといいなあと思います。日本のICUでの経験は主に内科系の症例が多く、時折外傷や外科術後を担当していました。この一ヶ月は術後ばかりをみるのでまた新しい経験になると思います。いろいろと勉強できればと思います。

それにしてもこの巨大な病院にどれくらいICUがあるのかあまり見当がつきません。内科ICU、循環器ICU、心臓外科ICU、血管外科胸部外科ICU、神経ICU、小児ICU、一般外科・外傷ICUなどがそれぞれ20床程度で存在しています。いつか把握してどれくらいあるか数えてみたいものです。
(ホームページによると全てのICUをあわせると200床程度あるそうです。)

こちらの救急のプログラムでは内科ICU、循環器ICU、血管外科胸部外科ICU、小児ICU、一般外科・外傷ICUを回る予定です。それぞれでよく勉 強してERだけでなくICUの知識も磨くことができればと考えています。

2006年7月30日 (日)

こちらの教科書

日本のICU/外傷救急(時に脳外科・麻酔科?)と少し違った趣の外来中心のこちらの救急ですが、、(それゆえNHKのERのサブタイトルに救命救急室とかかれると違和感がすこし。。。)主にターゲットにしているところが違うので教科書も大分かわってきます。

こちらでは以下の3つの編者の教科書が有名です。

Harwood Nuss

Harwood-Nuss' Clinical Practice of Emergency Medicine Book Harwood-Nuss' Clinical Practice of Emergency Medicine

著者:Jeffrey R., M.D. Suchard
販売元:Lippincott Williams & Wilkins
Amazon.co.jpで詳細を確認する

プログラムからレジデント全員に配られています。分厚い本ですが、非常に読みやすく家で印象的な症例の復習に使っています。

Tintinalli

Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide Book Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide

販売元:McGraw-Hill Professional Publishing
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この編者の女性の先生は非常に素晴らしい人格の方で、レジデンシーに入るにあたりいろいろと推薦状などでお世話になりました。少し読みづらい構成ですが、内容は充実しています。

Rosen

Rosen's Emergency Medicine: Concepts And Clinical Practice (Rosen's Emergency Medicine: Concepts & Clinical Practice (3v.)) Book Rosen's Emergency Medicine: Concepts And Clinical Practice (Rosen's Emergency Medicine: Concepts & Clinical Practice (3v.))

販売元:Mosby-Year Book
Amazon.co.jpで詳細を確認する


こちらはまだあまり使ったことがありません。外科出身の黎明期からの救急医で、コロラド→サンディエゴ→ハーバードと移動されているようです。三分冊で最新版からはカラーになり読みやすくなったようです。

2006年7月29日 (土)

外科ICU

昨日の深夜までのシフトを終えて朝5時半からICUの生活が始まりました。ここは胸部外科・血管外科ICUで主に手術後の患者さんを担当することになります。

日本でのいろいろな経験とこちらでの経験を比べられるといいなあと思います。日本のICUでの経験は主に内科系の症例が多く、時折外傷や外科術後を担当していました。この一ヶ月は術後ばかりをみるのでまた新しい経験になると思います。いろいろと勉強できればと思います。

それにしてもこの巨大な病院にどれくらいICUがあるのかあまり見当がつきません。内科ICU、循環器ICU、心臓外科ICU、血管外科胸部外科ICU、神経ICU、小児ICU、一般外科・外傷ICUなどがそれぞれ20床程度で存在しています。いつか把握してどれくらいあるか数えてみたいものです。
(ホームページによると全てのICUをあわせると200床程度あるそうです。)

こちらの救急のプログラムでは内科ICU、循環器ICU、血管外科胸部外科ICU、小児ICU、一般外科・外傷ICUを回る予定です。それぞれでよく勉強してERだけでなくICUの知識も磨くことができればと考えています。

たまにはね

昨日のシフトはあまり忙しくなくてよかったです。というかあまり複雑な病歴の人が多くなくてよかったです。私の勤務する病院の特徴は、大きい病院のためそれを頼って慢性的な問題の方が予約がとれない人が(日本は3時間待ちの3分診療とマスコミに叩かれますが:実は日本のシステムははるかに欧米より優れているのですが、、、、アメリカやイギリスは慢性疾患などであれば専門医にかかるには数ヶ月待ちの30分-1時間診療です。)救急外来に来てしまうことです。

もちろん問題を解決したいとは思いますが、多くの場合たった一回の救急での受診では解決しずらいこと、他にいろいろと急病の人がいる中で話がとても長くなってしまい並列でみている他の患者さんに影響がでてしまうことなどいろいろと問題があります。

もちろん日本でもかかりつけ医をもたない人がなんども救急を受診してその人の外来をアレンジしたり、計画を作ることで他の急病の人の対応に影響がでるということはありましたが、何せわざわざ飛行機できたりとか、隣の州から来たりするわけで病歴の複雑さの程度が違います。

幸い昨日は複雑な病歴の人は数名で、他の方は通常の急病の人だったためわりとスムーズに診療できました。上司には「一ヶ月で英語が大分よくなった」といわれ少し安心しました。
たまにはこんなときもないとなかなか人生続かないですね。

洗礼 : 佃煮

不注意ゆえに驚いたことがありました。なんとローテーションの切り替えが土曜日からでした。いろいろと週末の予定を考えていたので残念です。 今週は6連続シフト且つ土曜日からICUのローテーションということで大変になりそうです。

ここ数日はCriticalという重症が多い場所のシフトだったのですが、一緒に働くレジデントの数が少なくなってきた(オリエンテーション期間おわりつつある)ため、かなり忙しく尚且つ重症の患者さんが運ばれてきて結構疲れました。 システムに慣れないため、患者さんが目の前に運ばれてきて自分の中にプランがあってもそれを実行に移すまでに壁があることに苦しんでいます。時間が解決すると思うのですがもっとすばやい対応ができるようになりたいと強く思います。 また、疲れてくると凡ミスが多くなってくるのでそれも気をつけていかないといけないと感じています。

日本にいるときは管理や指導の立場でしたが、また前線で一兵卒になってみると研修医の苦しさやジレンマが良くわかり、日本での自分を反省したりしました。 いろいろ苦しんでいるときに自分と合わない患者さんと出会ってしまい診療拒否という洗礼を受けました。振り返ると自身が疲れていたこと、相手がストレスのある状況であったことからなかなか難しかったと思います。しかし、謙虚に反省しまた出直したいと思います。 翌日の朝友人が送ってくれた佃煮を食べて元気がでました。海外の日本人にはますます貴重なものと感じました。

2006年7月22日 (土)

髪を切りました。

この田舎町で結構いい具合にきってもらいました。自分の実家の町で出国直前にきってもらったら4千円くらい取られましたが、こちらでは14ドル毎月いけそうでとてもうれしいです。

韓国系の人でした。こちらではアジアの人の髪は硬くてなかなか切ってもらえないということがあるようですが、こんな小さな町で日本よりも安くいつもどおり切ってもらえてとても幸せです

2006年7月18日 (火)

小児救急:チャイルドライフスペシャリスト

昨晩は小児救急のシフトでした。この国では比較的大きな救急外来では小児救急は成人救急と分かれている場合が多いです。その場合、小児救急のスタッフは小児救急医か小児科医もしくは救急医によって構成されています。
私の属している救急のプログラムのレジデントは成人救急の研修をしますが、一年目に一ヶ月の小児救急のローテーションがありその後小児救急疾患の特徴である通年を通しての変化を経験するため三年間を通じて毎月数回の小児救急のシフトが組み込まれます。

成人救急の忙しさと乱雑さにくらべて小児は少しゆっくり病歴・身体所見がとれる環境で全く雰囲気が違うので新鮮な気持ちになりました。しかし、英語の難しさ、コミュニケーションの難しさをまたも実感、頑張らねば。

日本であまりみないスタッフとしてチャイルドライフスペシャリストという人がいて子供のケアをしていました。
「チャイルドライフスペシャリストの役割は2つあります。 一つは、入院している子どものストレスの緩和、もう一つは、その子どもの 成長を援助する、というものです。この双方を満たすために以下のような 関わりがあります。」
http://ww7.tiki.ne.jp/~mizuhok/

深夜を除けば毎日誰かいるそうで、質の高いケアにかける施設の情熱とコストのかかるアメリカの医療のしくみにうーんと、日本との違いにあれこれ考えました。

胸痛ユニット

Preview392 この国の特徴的なところは訴訟が多いし、賠償金が高いところ。医学の世界にも顕著な影響があり、胸痛のほとんどがなんでもないけれどみんな一泊入院してトレッドミルをしていきます。私の病院では救急外来の経過入院室にトレッドミルがあり軽症の患者さんたちはそこに入院して夜もしくは朝にトレッドミルもしくはドブタミン負荷エコーもしくは核医学の検査をして帰ります。
ただ、最近の研究であったように軽症群の患者さんたちは2、3日後の外来でのトレッドミルでもよいという結論もあるようなので経済的ゆとりのない施設ではこのようなシステムはとらなくてよいのだろう思います。林先生の本にあったように循環器の医者がよいといっても二セットめの検査が終わるまで胸痛を救急外来にとどめることが日本でももとめられていると思います。

--
それにしても疲れてくると舌が回らなくて苦しみます。僕の英語にたえてくれている指導医、看護師さんに感謝です。
首にならないようにシステムになれて、英語と知識を磨こうと思います。

この前診療した患者さんがありがとうと自分のもっている小さな鳥の本から一枚鳥の絵をくれました。国が違えどこころが通じるときはうれしいですね。

2006年7月15日 (土)

筋肉痛

昨日のピクニックでバレーボールをしたりフットベースをして全身筋肉痛。そして、暑さでよく眠れず今日のシフトはけだるかった。

CRITICALという重症の多いところのシフトだったのだけれど一緒に働いた内科の人たちが少し消極的で僕がみる数が多かった。いろいろと複合的な問題をもっている人が多く、今はいろいろとマネージメントに困るけれどより日本の臨床に近いので将来に生きると考えられ、勉強にはなっている。

くしゃみをしたら腹筋が、、年には勝てませんね。

2006年7月14日 (金)

ACLS 難しい人たち

ACLSの二日目を終えました。救急のレジデントは、他のグループとは別れアテンディングによる少し難しめのMegacodeを課されました。

シナリオの一つ一つが彼女が20年医師としてやってきた経験から作られたものでどれも実際に起こった難しい症例でした。
最近読んだERで指導医がどう振舞うかという本にも「コースおたくになってしまうことのないように」と書いてありましたが、結局現場で生きるという最終目標を意識しなければどんなコースもコースのためのコースになってしまうと思いました。
もし後何年間の間今のように救急をしっかりやることのできる状態ならば、患者さんを診て助けることを実際に見せながら研修医の教育のできる医師になりたいと思います。
個人的にEBMや知識が豊富でも現場に出てこない臨床教育者には少し疑問を感じているところもあるので(もしかしたら自分もそうなるかもしれませんが)。

--
この3日間 BLS→シフト:ACLS:ACLS→シフトと英語の苦手な私には大分厳しいスケジュールだったので今日は昼まで寝てしまいました。

昨日は、少し気難しい患者さん+気難しい三人の娘にいろいろと質問や希望を言われて結構苦しみました。英語がやはり不十分なこともあり、電話で入院になったこと、考えられることを求められたときには結構大変だなあと思いました。

今30歳ですが、アメリカで修行するにはちょうど良い時期だったのかもしれません。あまり医師になってから経験がありすぎるとこういう一から出直し状態は精神的にも体力的にもつらいのではなかろうかと思いました。

今日はER主催のピクニックにいってきます。

-最後に-
救急外来の中でアナウンスで「○○先生内科から電話です何番をとってください」という風によく音声が流れます。昨日は「Dr.Sugar」と呼ばれてしまいました(笑)。なるほど似ていますね。

2006年7月12日 (水)

ACLS

2000と2005の違いを勉強しています。Asystoleのペーシングはしないことになったそうです。パッドの位置も前後でなくて左右でよくなったそうです。

一番困るのはインストラクターの人も2005のことをあまりよく覚えてなくて間違いをこちらが指摘する必要があったり、AEDはほとんど2000のままのプログラムが多かったりすることです。また、まだ2005年用のプロバイダーマニュアルができていなくて2000年のものをみならがら2005年ポケットブックをちらちらみるというちょっと頼りない状態でコースをみんな受けています。
(2005年のガイドラインは冊子になっており、持っていますが、プロバイダーマニュアルの方が絵があって勉強不足の私にはわかりやすいのです。)

日本蘇生協会と救急医学会のICLSのAHAガイドライン2005へのスタンスが理解できていないのですが、恐らく日本もVfへショック三連続から変っていくのだと思います。
この点の確認を時間のある時にしたいと思います。

--
この前のシフトはこの安全な町では非常に珍しい銃創の症例がきました外傷で外科医以外の人間が出来ることといえば管をいろいろ入れるくらいですが、ちょっと眠気が覚めました。
救急医さんの成長のために病気や外傷の人と出会うことが必要でそもそもそれ自体は不幸なことであるので、自分が成長できたとか良い経験になったことを素直に喜びづらいのが医療の矛盾した性質であると感じています。

単純に不幸なイベントの会った人を良い方向にしようと一緒に努力したと考えればよいのかもしれませんが

2006年7月10日 (月)

プロフェッショナリズム

先週仕事の合間にあったモラルの講義なのですが、セクハラなど日本でも周知のもの以外に、医師が看護婦・研修医が指示通りに働いていないことを公衆の面前や患者の前で叱責しないということも取り上げられました。

確かに、命を預かる職場ゆえ遅れや過ちを指摘し、改善することは大切なのですが、その方法や言い方はお互いに気をつけないといけません。

自分を振り返って反省したし、今までの何年かを振り返ってすこしやりにっかった上司や同僚・コメディカルとの関係も少し解明できた気がします。プロとしてお互いを尊敬し主張をしていかないといい医療はできないのですね。

このようなプロフェッショナリズムを学ぶ時間をオリエンテーションにいれることは国を問わず大事なことではないかと感じました。

あまり硬くならずにしかし雰囲気の良い職場で仕事が出来るように努力していきたいと思います。

2006年7月 9日 (日)

一瞬にして

シフトが始まりいろいろと奮闘しています。Neurologyをページしてといったら、Urologyがでてしまったりといろいろと英語面で改善していなかないといけないなあと感じています。
発音が大事ですね。なんかいい本あれば買ってみたいところです。病院に英語のコースがあるらしいので現時的に参加できそうならば考えてみたいと思っています。
特にシフトの終わりで疲れてきたときの英語がやばいです。

今の職場の救急外来は60のベッドがある(ICUではない)のですがそのうち12ベッドはCriticalというセクションで胸痛、ショック、外傷など比較的重症度の高いものを見ています。
昨日はそこの勤務だったのでした。朝いったらガラガラでやることがないということでほかのセクションを少し手伝ったのですが、しばらくするとどんどん救急車がきてあっという間にいっぱいになってしまいました。
他院で一度心肺停止になった方が運ばれてきて、ERでもう一度蘇生となり、人手も足りず混沌としました。もう少しよくみんな動けたのではないかと感じ今後の反省課題としようと思います。日本では昇圧剤の量などは大体施設ごとに決まったときかたがあってそれ直ぐに参照できるようにしていますが、こちらは少し昇圧剤などに医師が疎い印象を受けました。注意して勉強したいと思います。

病院の性格上、小さな病院で手に負えないという症例がたくさん運ばれてきます。どうしても転院してきた場合というのは状況を飲み込むまで少し時間がかかります。
また、胸痛が非常に多いのですが、カテーテルの閾値が日本に近いくらい低いこと、観察ベッドで非典型例をみるシステムが整っていることがこの施設に特徴的であると感じました。

この国ではトリアージで問診されて、看護師・研修医・指導医・コンサルトを受けた医師入院すればまたはじめからといった具合に何度も同じことを聞かれるのでなるべく少し調べてから患者さんを診てあげたいのですがペーパーレスは便利であるのですが情報が一元化されておらずなかなか慣れるまで苦労しています。

もう少し能率的な仕事ができるようになって、システムになれることに腐心するフェイズから臨床の大事な勉強を出来るようになりたいと思っています。

幸い指導医・スタッフは良い人が多く幸せです。

2006年7月 4日 (火)

ドライブしながら

Med2 初のシフトを終えて帰って起きたときには昼近かった。アウトレットまで約1時間かけて車でいってきた。日本の道路と違い車の少ない信号が殆どない広い道路をクルーズモードで運転するため、思ったほど疲れなかった。

左右に広がるのどかな畑ばかりの風景をみながら、友人の本を思い出した。彼は学生時代にアメリカを自転車で横断した。道すがらある町といえるかわからないくらいの小規模な町に泊まり、一人でアメリカを渡りきった。
本当に凄いことだなあと改めて思った。

--以下にレビューを載せています。--

「十代の夢」

私の大事な友人の書いた本で青春を感じさせる爽やかな本。

エネルギーがあまって悶々としている学生の人に是非読んで欲しいと思う。また、要領を求め努力という尊い才能を忘れている人がいたらその人にも読んで欲しい。

まっすぐに夢に向かいその中で悩み成長していく姿が描かれている。読んだ後に自分も夢に向かって頑張ろうという気持ちになる。

社会に出て時が過ぎ、自分の大事にしていた夢を見失いそうになることがある。そんなときにこの本を読み直し、初心に帰るようにしている。

2006年7月 2日 (日)

ATLSつづき と 歓迎会

Party1 ATLSの二日目は、脊髄損傷・頭部外傷や四肢外傷で、頭部CTは頭にとっては単純X線のようなものだという脳外科医の発言もあった。自分も「病歴と身体所見」の重みを知らずに検査・画像に走ることはいけないとは思うが、知った上で絞った短時間の「病歴・身体所見」の後に直ぐに画像にいくのは救急の宿命と思う。

整形外科医の先生の小グループでの講義やディスカッションは教育的且つ実践的でやはりこの国の教育に対する態度は素晴らしいと思った。

ATLSの筆記試験は判断を問うようなものも問題に多く、8割をきって再試験になった人もいた。
メガコードは落ち着いて対応したので大きなミスはなかったが、バトルサインを見落としたりとEの難しさ(これは日本で外傷が来た際にオンコールで呼ばれて後から合流したときにも良くあった)を感じた。

ATLSの後にFoundaiton Houseというとても立派な建物で救急部の医師全員が揃い夕食会があった。歴史ある組織の一員になれたことを幸せに思った。(あまのじゃくな自分にしては珍しい。)

--
翌日は救急部でのオリエンテーション。
ローテーションの詳細や休みの取り方、白衣やスクラブの場所などより実際的なことがチーフレジデントから説明された。
レジデンシーディレクターからは、「人を動かす」が全員に渡された。この本は学生時代から時折読み返す良い本であるが、ここでもう一度渡されるとは思わなかった。自分の気に入っている本を薦めてくるこのプログラムと自分の相性はよいのだろうと機嫌がよくなった。

「正直であること・プロであること・前向きであること」
が強調された。ややもすると嘘をつくことが多い(と私が思っている)アメリカ人からこのように正直に「やっていなければやっていないといいなさい」といわれたことにとても安心感を覚えた。

その他Harwood Nussという救急では有名な三冊の分厚い本(他はTintinalliとRosen:なんとDr.RosenはUCSDからMGHに所属が変っていてビックリ!!)のうちの一つをもらった。
一年目は教科書と耳学問、二年目は文献と批判的吟味、三年目はこれらを融合し教育をするということ。頑張って読んでみよう。

引き続いて部長の先生から研修にあたっての心構えが話されたがこれが非常に素晴らしい内容であった。
彼がいかに患者中心の診療を心がけてきたか、誇りを持って救急医として立場を作ってきたかが非常に良くわかった。

救急のプログラムは新しく7年目ではあるが、良い指導医もいて他科のレベルが高く、設備と人材の整ったこの病院での研修にぼやきや不満も多いと思うが恵まれていることを忘れずにやって生きたいと思う。

その後ちらっと救急部をみたが60床で年間8万人の受診・二台のヘリコプターで近隣から重症患者を集めるこの部署のエネルギーとこの北のあたりの人たちの気さくな人柄にやる気が出てきた。しっかりと休んで勉強して初のシフトに臨みたい。

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »