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2006年10月25日 (水)

ACGME

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigi..

奈良関係でいろいろと情報をみていたら枝野議員がとてもまともな発言をされていたので驚きました。

また違う方ですが
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○河野副大臣 
国務大臣でもございませんが、一言申し上げさせていただきたいと思います。

 私は、ずっと臓器移植法の問題を追いかけておりました。似たような問題がやはりあるんですね。

 それで、今ずっと枝野さんがおっしゃっていたような、どの時点で医師の罪が問われるのかというような問題、日本で何でこういう事態になるか。これは私の全くの私見でございますが、今の日本のお医者様、プロフェッショナルであり、国家試験を通って医師の免許を持った人たちが、弁護士さんと違って自己統治をするシステムがございません。医師会というのはございますが、これはあくまで任意に入る団体であります。本来ならば、プロフェッショナルであるお医者様が自己統治をするシステムというのがあって、そこがきちっと判断をする、そういう仕組みにしていかなければならないんだろうと思います。今問われなければいけないのは、そういうシステムの問題ではないかと思います。
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上記のような発言もありました。米国が全ていいという舶来万歳主義はあまりすきではありません。ただ、参考になることもあるかもしれません。こちらでは学会とは別に卒後教育認定評議会(ACGME)というものがあり、各専門医のプログラムの認定・更新定員の管理、研修内容の管理など実に様々なことを行っています。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr..

A病院が急遽救急医養成プログラムの定員を10人にしたいと思っても、始めるためにACGMEの許可が必要で、たとえば年間4万人以上の救急患者来院、臨床の時間が制限されていてプログラムの維持のために時間をさくディレクターの存在、専門医の数など実に細かな規定があります。定員もACGMEによって決まります。

これらは医師の卒後教育の質を維持するという観点から決まっており、おのずと各科の定員というものが決まってきます。
また、日本のように大学病院VS市中病院という構図もとくにありません。プログラムをもつことが出来るの能力のある病院が持つというのが大事のようです。

日本でも学会とは違った専門医機構

http://www.japan-senmon-i.jp/

というものがあります。今後どのような方向に進んでいくのかいろいろと勉強していきたいと思います。

日本の場合、専門医として研修がどこで終わりなのかというのがなかなか難しいところがあります。学会の専門医を取れたらよいのか、それとも臨床4年ほどはなれて研究をし学位をとることで終了なのかなかなか難しいところです。

こちらの場合はACGMEの傘下の各科の専門医機構が必要な症例数や手技数(日本も決めていますがその数に常に議論が起こっています。)をこなすこと、またプログラム自体の質を保つようにされているのでその時点でも質に対して監査がはいるようになっています。

今日自分のプログラムのACGMEによる監査があったため書きました。

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脱線します。
仮定にしか過ぎませんが、今から3-5年後に臨床研修一期生の先生方がのきなみ後期研修を終えて専門医として就職先を探すでしょう。その時の大学病院、市中病院の人手の問題(有給ポスト)が地域医療にまた大きな変化を与えると思います。
今は痛みの時期なのでしょう。

2006年10月21日 (土)

米国本土での

初めての気管内挿管をしました。頭部外傷の患者さんで日本ではあまり使いませんが、サクシニルコリンとetimodateという鎮静剤を使いました。いわゆるRapid Sequenceですが、日本の麻酔科では挿管前にマスク換気をあまりしませんが(胃内容があり誤嚥が危険。)こちらでは適当でした。 大柄で舌が大きい方でしたがすんなりいきました。挿管中に何が見えるとかあんまり言わなかったので後でフィードバックを受けました。そういや日本で自分が指導してたときも「何が見えてるかいってくれないとわからんよ」といてったなあ。立場が変ると冷静さを少し失うものですね。 今まで何回したことある?と聞かれるといつも戸惑います。日本で麻酔科を8-9ヶ月、救命センターに2年弱いたので、恐らく数百回なのですが、信じてもらえなさそうなのです。

2006年10月12日 (木)

霜・雪

寒いっス。米国で一番寒い州のためもう雪でした。 流石に自転車で通うのをやめて車にしました。シートをあたためる装置がついてるので使ってみました。エアコンが聞く前にお尻が暖まってなんだかいい感じでした。

沖縄が懐かしい。青い海がみたいです。毎日回診中に海が見えたのは本当に幸せでした。(プレゼン中によそ見していました。すいません。)

2006年10月 6日 (金)

ERにもどって

今月はERに戻っています。やっぱり自分の居場所と思えてとても安心します。もちろん仕事は忙しいし、ちょっとした悩みも耐えませんが、なんだか働いていて幸せな気がします。 プレゼンテーションが上手でないのでもう少し意識していければとお思います。 39歳のBROCA失語の方に会いました。日本ではMRIを救急医がオーダーすることに抵抗はないですが、こちらではとても難しいことなのでさっと撮れてビックリしました。

2006年10月 4日 (水)

漫画:島耕作

漫画が結構好きです。特に渡米前に沖縄で読み始めた島耕作にはまっています。医局に漫画クラブがあってそこにあったのを当直のときにご飯を食べながら読んだのを覚えています。

よく下調べがしてあって面白いです。自分が年をとってきたのもあると思います。また、このおじさんとても漫画ゆえ楽しそうな人生を生きているので読んでるときは幸せな気分になれます。

サラリーマンの世界とは少し違いますが、人の世の中人間関係がいかに大事であるか、人事・教育・上司/部下としてのあり方など結構勉強になります。書いている方がとても聡明なのでしょう。

帰国の際に漫画喫茶にいってしまいそうで怖いです。

2006年10月 1日 (日)

あっという間に

整形外科が終わってしまいました。早かった。脱臼の整復や関節穿刺などもっとできるであろうと思いましたが、全然でした。

積極性の問題もあると思うのですが、私のプログラムはERで整形的な問題を対応するよりも直ぐ整形外科を読んでしまう傾向があるのでこのままだとあんまり整形外科的な機会がないまま終わってしまうのではと心配です。

一つ一つの機会を大事に一生懸命アピールするしかないですね。

米国の救急のプログラムの内容は80%くらいは変らないと思いますが、小児救急が弱いとか、田舎なのでコンサルトできづらい(=広い範囲を自分でできる)、病院の方針で直ぐコンサルトできる(=出来る範囲が狭くなる)という違いはあると思います。

私のプログラムは整形外科に関してはとても弱いのだと思います。少ない機会をうまく生かして研修できればと思います。

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