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2007年8月20日 (月)

原色の夏3:未熟だな

と思うことがたくさんありました。今回の旅にて。

もちろんコトー先生にお世話になっていたときに一番たくさん感じたのですが、帰国の際にお世話になった二つの病院でもかなり感じました。

湘南の病院北九州の病院にお世話になりました。場所こそ違いますが、二つの病院とも地域に大きな貢献をされている急性期病院でありそこに素晴らしい指導医の先生方とやる気に溢れた研修医の方々がいらっしゃいました。

私はそんな病院に今米国にいるというだけでお邪魔させていただいたわけですが、お話をさせていただいてむしろ自分の未熟さ・不勉強を痛感し、日本に帰るまでのあと二年弱また勉強せねばと決意をしたところです。今回の出会いで思い出した大事な言葉があります。

「良い臨床医が育つ条件は、(学ばせてもらう)患者がいて向かい合って毎日研鑽する医師がいることである。」

http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00142/0014282.html

私が初期研修した東京の国立病院の総合内科医長先生の言葉です。学生時代に見学にいったときに先生のあまりに凄い総合内科医としての能力に衝撃を受けました。

「先生はどのようにして現在に至られたのですか?」

と聞いたところの答えが上記のものです。

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さて、どうしてこの言葉が出てきたかというと、心臓外科・移植外科など外科系で研修システムの観点からどうしても症例が集まる海外で研修せざるを得ない分野と違い内科や救急などで海外に行く意味は何かという疑問からです。

私が思うのは上記の言葉通り

「優秀な臨床医は環境に依存せずとも育つ。」

と思っています。しかし、環境に依存せずに育つにはかなりの精神的な強さともともとの成長するための才能を持ち合わせていることが大事なのであろうと思います。結論として私のような成長する才能が限られていて精神的に弱い人間は、新しいもの・新しい環境を求めて彷徨い、その中で成長するのがいいのかと思っています。

(これはこれで三十路になってくると結構大変なときもありますが)

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http://www.yodosha.co.jp/book/9784758104623.html

今回北九州でお会いした有名研修病院の先生お二人にも大変お世話になりました。日本で足腰のしっかりした総合内科医になれる環境がしっかりとあると改めて感じました。別の機会に私がこの病院はいいと思う総合内科医のための病院を列挙したいと思います。

(私はマイナー派の救急医で且崩れ内科医のため総合内科に興味があります。)

2007年8月14日 (火)

原色の夏2:Drコトー

のモデルになった先生はあまりにも凄い先生でした。

天才的外科医でありかつ離島医療をするために生まれてきたかのような医師としての才能・人としての深さを持ち合わせていらっしゃる正しくスーパードクターでした。

この先生の御著書は専門云々を問わず全ての医師・医学生が読んでもいいのではと思うくらいすばらしい内容です。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/409387686X/nifty0b5-nif1-22/ref=nosim

中でも癒すために医師は何ができるのかという点に大変感動しました。

後日また詳細を書きたいと思いますが、離島医療こそ最高のプライマリケアの研修であると感じました。そこに素晴らしいコミュニティがあること、物理的に大病院と隔離されているために診療所の医師がなんとかその時点でベストと思われる答え出す必要があることなどがその理由です。

(大都市での総合外来ではフリーアクセスから専門外来に直接受診されることが多いと思います:もちろん素晴らしいシステムです。またコミュニティがやや希薄になる傾向があると思います。)

2007年8月 8日 (水)

原色の夏1:東京での出会い

最近、日常生活のtodoがかなり多くブログの更新が明らかに遅れております。たまに時間を見つけてまとめ書きをしております。

7月の内科ICUを終えて日本に一時帰国をしました。目的はDr.コトーのモデルになった先生のところにお邪魔して先生の素晴らしい診療を学ぶと共に、未熟な自分を再認識することです。

帰国にあたり数日間を関東で過ごすことのお許しをいただいたためかねてからご活躍を拝見し是非お会いしたかったお二人の先生を訪ねました。

http://plaza.umin.ac.jp/~expres/index.html

コラボクリニックという新宿にできたクリニックの仕掛け人のお一人の先生です。医療はもちろん様々な分野の広い知識と鋭い分析力・行動力をお持ちの先生で、お会いして非常に大きな衝撃を受けました。

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http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/honda/200708/503938.html

勤務医の立場から日本の医療を良くされようと尽力されていらっしゃる先生です。上記リンクをたどるとこの先生の素晴らしい講演の内容をみることができます。

医療行政の難しさそして官僚の激務は友人も多くいるため少しは理解しているつもりです。しかし、行政・政治・ユーザー(患者)・プロバイダー(医療者)のそれぞれが意見を出し合って日本のダイナミックな変化をしている医療状況に対応していくべきであってどれもかけていると厳しいのであろうと改めて思いました。

医療行政や政治を批判するだけでなく現場の立場からどのように行動を起こすことができるのか考えながら日々を過ごして生きたいと思います。

2007年8月 3日 (金)

人の習性2:医療はトムヤンクン

私の初期研修医時代の指導医の言葉です。非常に素晴らしい方で最近は下記の本も出していらっしゃいます。

Book 医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか?

著者:尾藤 誠司
販売元:医学書院
Amazon.co.jpで詳細を確認する

米国で研修していて指導医も同僚も「そんなエビデンスはない」と鬼の首をとったようにいうことがあります。そんなときに思い出しますねえこの言葉。

その心は「トムヤンクンとスープは海老がなくても食べられるけれどエビ(デンス)があったらもっとおいしいね」です。林寛之先生も似たような表現をされていました。

もちろんしっかりとしたデザインと規模の臨床試験によって裏づけされたコンセンサスを日夜勉強することは大前提ですが、医療の殆どはまだまだ未開の土地ばかりで良いエビデンスがないからというだけで選択肢からはずしてしまうことは問題でしょう。

救急医は特に前にも書きましたが、第六感が「嫌なにおいがする」と思わせたらエビデンスなんてさらっと捨ててそのにおいを追求することが大事なのだと思っています。

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