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2009年1月16日 (金)

超音波と救急

11月は超音波の月でした。周に4-5回救急部で超音波に適した患者に超音波をさせてもらうという月です。

実際は結構重宝されてDVTをみてくれとか、網膜をみてみようとか、鎌状赤血球症の人で末梢が難しいからお願いとか(末梢確保で呼ばれるの多かったですね。看護師が味をしめたようです。)、いろいろと呼ばれましたね。

個人的には骨折とか、網膜剥離、内頚動脈とかに興味を持ってやるようにしました。内頚動脈は結構強く押さないとドップラーがみれなくて患者がかわいそうになり(不快感が強い)ので後半はやめました。

記録する症例の義務があったのでそれを早めにこなした後は、12月に迫り来る面接の書類の準備とか、いけるかもわからない大学院のための試験勉強やこれもいくかもわからないカナダの国家試験の勉強とか、AAEM、CORD、SAEMといった学会にプロジェクトを色々提出したりとかなんだかかんだか時間を有効活用しました。

米国では内科医はまず超音波あまり使えませんし、外科医も同様です。日本のお医者さんレベルの超音波や手技ができるのは実は救急医くらいのものです。

以下は米国の田舎の一施設の話です。(しかし私は大分米国の色々な施設をみましたので大体東海岸、西海岸、中西部に通じると思います。)

外科医は挿管とかシーネ固定とか、骨折整復は苦手です。あくまで一般外科医は一般外科医で整形外科的なことはしないし、麻酔科的なこともしません。内科系は集中治療フェローをしても挿管の十分な経験があるかどうか疑問と思います。挿管が緊急で必要な患者は救急部で挿管されるし、中心静脈なども救急部でいれるのがトレンドですから手技的には、やはり日本のお医者さんにちかいのは米国の救急医でしょう。

一般内科の必要手技から腰椎穿刺ははずれました。納得です。腰椎穿刺が一番うまいのは救急医でしょう。その次は透視下でやる放射線科医ですね。

脱線しました。今回のローテーションで使った教科書が日本の超音波と少し視点が違って面白いところがあったので御紹介します。眼科領域、DVT、各種手技(血管確保、間接穿刺、末梢神経ブロックなどなど多様)など色々なところで超音波の応用がありますね。

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Emergency Ultrasound Book Emergency Ultrasound

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2009年1月14日 (水)

フロリダ 5:ディズニーワールドなど

アニマルキングダムにいきました。
休日に家族でこういうところいける私は幸せです。奥さんに感謝。
息子も走り回って楽しんでいました。
その他にもケネディスペースセンター、クリアウオーター、セントオーガスティンなど色々な場所を訪れることが出来ました。ご興味のある方はこちらを御参照ください。
妻のブログ

米国でいろいろな経験をつませてもらっていて且プライベートも恵まれていることを幸せに思っています。 病院にも指導医同僚にも少しづつ慣れてきました。看護師さんはいろいろとできるけれどなんだか扱いづらい人がミネソタより多いです。

2009年1月13日 (火)

フロリダ 4:穿通性外傷

この前のシフトでは鈍的鋭的合わせて16件/一晩、外傷センターにきました。凄いボリュームです。

やばい銃創などは救急医の出来ることは少なくて外科医の仕事という当たり前の事実ですが、前から思っていて確認したかったことを確認しました。

日本の病院で経験のない外科医と当直して本当に開胸の適応のある(恐らく日本でなら一生に一度くらいでしょう。)症例がきたら開胸しようと思います。
(○イヨーでは年に一度献体で開胸の練習をします。)

それ以外は鋭的外傷は管ものをささっといれるのと外科医の先生の手術室と輸血の判断を促すくらいしかできなそうですね。

当たり前のことですが診てみて初めていえることでした。

2009年1月12日 (月)

フロリダ 3

今日はカンファレンスということでインターンもレジデントもなし、挿管して中心静脈というのを繰り返しました。 手技職人ですね。
(このプログラムでは内科の挿管はその日のシニアレジデントのバックアップの下で一年目の救急インターンがします。毎日たくさん件数がありますから、救急インターンの手技の上達は大分早そうですね。救急インターで麻酔科のローテの人は外傷蘇生センター:私がいたところ、に昼くらいに来て中心静脈だの手技をたくさんしていきます。)
超音波下の抹消もだめ、ソケイも難しく、超音波下で内頚をやってもなんだか難しい人がいました。こういうのは困りますが、自分の腕のみせどころですね。


病院が違うとコンサルトのタイミングや科が違う使う書類が違うなどで色々とフットワークが制限されますね。

非常に忙しいけれどお金のない病院でITがしょぼい。コンピューターの端末自体が少ない。システムが悪い。などいろいろと問題があります。○イヨーでは忙しくてもお金があって大分いいシステムにいることに感謝感謝。

まあトイレの匂いのするERで廊下にたくさん座ってる患者の間を抜けて移動して、たくさん重症患者を蘇生するタフな雰囲気を見れているのはいい経験です。

たしかにERはこういうタフなプログラムがいいのでしょう。だけど3年間はちょっといやだなと思いました。

患者の診療に定型化された公式がいくつもあってそれを耳学問で確立して、やっているのが良くわかります。ある程度は必要なのでいいなと思いました。

しかし、2年目くらいまではちょっと型にはめようとしすぎて鑑別や病態生理を考えたアプローチがいまいちなのかなと思いました。でも○イヨーよりもタフなのは確かだなと思いました。帰ったらもっと一二年目を厳しく鍛えよう!

2009年1月 9日 (金)

フロリダ 2

疲れの取れぬままに車で本日も出勤。 やっと駐車券とIDをもらえました。
(初日は駐車場所がわからず病院の周りも怪しい地域に迷い込みそうになり退散。病院の周りはヤクの売人がうろうろしていて新参者は囲まれて大変なことになるそう。)


二日目で少し病院にもなれてきました。 カルテの方式にも少しずつなれました。

ページするとか、入院のときのサービスとか色々違って面倒ですね。

州が違って処方が出来ないのが面倒です。 目当てのどんぱちはなかなかきません。 鈍的外傷がいやってほどきます。 しかしATLSは一緒なので特に新しい発見もありません。

鈍的外傷のCPAで来院一分後に蘇生中止したのには、おっやるなと思いました。鋭的外傷でなければCPAになったらまずたすかりません。一応心エコーして動きを確認していましたが。

内科の重症患者はよくきます。半日で重症が6-7名(全員ICU行きになりましたね。)は運ばれたでしょうか。

非常に野戦病院的でこれもまた面白いですね。医者のフットワークがなかなかいいです。

大分レジデントが自由にやらせてもらっているようでいいなあと思いました。 医師の成長には自由度と適度な監督・教育のバランスが大事なのだと改めて思います。
症例をこなすだけで勘違いがあっても気がつかずひとまず、「俺はやれる」的な感覚を持つのもいいのですが、やはり指導がないとあらがあるし質のコントロール上も問題でしょう。とはいえ手厚すぎて自立できないのも問題です。

2009年1月 5日 (月)

外傷 フロリダ1

先月は家族みんなでフロリダにいました。私の施設はアリゾナとフロリダにも病院があってどちらにもレジデントが無料で使えるアパートがあり且つ無料でレンタカーも提供してくれます。

この選択期間の目的は田舎では年間100件も満たない重症穿通性外傷を経験することです。(田舎のERでは散弾銃とか自殺とか警察に撃たれたというのがメインでごくたまにしか銃撃戦はきません。あとは飲み屋での刺創が多いです。)

-気づいたこと箇条書き-

大都市に住むのはいいけれど病院から家まで遠いのつらい。

普段の田舎のERのITや救急部の効率のよさは恐るべし。

フロリダの方の救急部がサインアウトのプレゼンが長すぎて驚いた。

フロリダのカルテなどがあまりに使いにくい。

外傷外科がマイルドで驚いた。 (田舎のERでは不必要に関係がギクシャクな気がする。)

違う職場の違うシステムとは面白い。しかし、新しい職場での信頼関係構築は面倒だ。

違う職場で働くことで改めて自分のトレーニングがよかったなとか、もう少し足した方がいいなとか、わかってくるものがある。

2009年1月 2日 (金)

あけましておめでとうございます

旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

12月はフロリダに一月1穿通性外傷ばかり研修してきました。私のすむ町に比べ大分危ないところみたいで一晩で何件も銃創や刺創が運ばれてきました。

またこの一ヶ月については後日触れさせていただきたいと思います。

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昨年は家族みんなが健康で実家から渡米していただいた家族と一緒に国立公園を訪ねたりと、財布は寒くなりましたがとても充実した一年でした。

支えてくれた家族友人にとても感謝しています。

今年度は今後二年間をどこで過ごすかをまず決めるのが一大イベントです。一月はじめのボストンでの面接が鍵になりそうです。今のところはカナダにて臨床研究をするという方向性が一番高そうです。

未熟者ですが家族ともども今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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