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2011年3月23日 (水)

「2011年3月日本に未曽有の大地震が起こる」 レポート1

災害医療ボランティアにおいては自給自足できない状況で現地に行くべきでないという原則がある。祖国のために何かできることがあるか、しかし上記原則から安易に現地にいければ現場でご迷惑をかけると自問していた。そんなところ、鈴木ありさ先生から、徳洲会グループの災害支援チームTMAT(Tokushukai Medical Assistance team)に参加させていただけるというお誘いをいただいた。寝るところ、食事の保証を徳洲会グループからいただけるということで、抱負な災害支援チームの一員として被災者の方々・現場のチームのご迷惑にならい目処がだったため、参加させていただいた。その経験をここに報告する。

日本の危機の様子は世界にもすぐに知られ、私の所属するハーバード大学マサチューセッツ総合病院救急部の同僚スタッフも私の災害支援チーム参加意思表明をした際には直ぐにERのシフトを変わってくれた。上司は「Be safe! Godspeed! We are proud of you!」を肩を押してくれた。原子力発電所の損傷もあり不確実な状況の中、乳飲み子を含む二人の幼子を抱える私の妻も快く送り出してくれた。マサチューセッツ総合病院・ブリガムウィメンズ病院ハーバード大学救急レジデンシーのH先生、マサチューセッツ総合病院救急部の同僚ハリス医師とボストンカレッジ博士課程H先生もボストンより参加することとになり翌日にはボストンを経った。 帰日する前にボストンではMITやハーバード大学の留学生たちがAction for Japanを11日のうちに立ち上げ災害マップの作成公開だけでなく募金活動を始めていた。多くの友人から温かい励ましのことばをいただいた。 すでにUstream等で米国でも24時間NHKが視聴することができて、それによりこの大地震の被害が数千人規模ではなく数万人規模であることが報道されていた。

矢のように素早く反応したDMATの現地隊からの報告では「津波による被災がかなり甚大であり、残念ながらトリアージ上ブラックの人(すでに亡くなっている方か少ない医療資源ではどうしても救えない方)が多く、迅速な医学介入の必要なレッド・イエローは殆どいないということであった。」 複数の医療関係のMLで災害に関する大変有用な情報が公開されたいた。内科学会の「内科のための災害医療マニュアル」や西伊豆病院の仲田先生のご著書「手足腰診療スキルアップ」一部である災害医療マニュアル、MGHの外傷外科医Dr Brigsの「Advanced Disaster Medical Response Manual for Providers」などが非常に役立った。 災害のゴールデンアワーは72時間とされておりDMATの基本的活動も72時間である。私は72時間後になにができるのか自問自答しつつ現地にむかった。以前長野の地震の際の友人の経験「国際保健通信 http://square.umin.ac.jp/ihf/news/2006/0430.htm」を参考に
1. 被災者や被災地の医療スタッフにとって助けがくることによる精神的支え
2. 72時間が経つと被災が終わるわけではなくその後のニーズはある
3. 現地にて色々と情報収集をさせていただき共有することが将来につながる
上記の考えを元に現地に向かうこととした。

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